Salon AYN

日々の出来事の忘備録等々💛

新幹線でのこと

電車や飛行機等の公共機関で、泣いている子供を見かける度に思い出す場面がある。

今から数年ほど前、私にはまだ子供はおらず、大阪ー東京間を身軽に飛び回っていた。

その日も東京から大阪に向かう新幹線に乗り、お気に入りのフラペチーノを買って束の間のひとときを楽しみにしていたところ、だ。

乗った瞬間から遠くで子供の泣く声がする。「最悪だ」と思った。

 

しかも泣き声はどんどん大きくなり、やがて車両中に響き渡った。 

新聞に目を向けながらも明らかに不快な顔をする中年サラリーマン、舌打ちしながら寝た振りする大学生風の男性、私もさすがに態度には出さないものの、今の言葉で表現するなら「激しく同意」な心境だった。

うるさい子供は全然好きではない。

レストランでもデパートでも、子供に免疫のない私には騒音でしかなかった。

 

見ると1歳前くらいの女の子の赤ちゃんと、若いパパの二人連れだ。

近くには救世主になってくれる女性の姿は見当たらず、父親は泣き止まない娘を抱えデッキと車両を行き来するだけで、どう対応して良いか分からない様子だった。

 

迷惑にならないよう自分の胸に子供の顔をあて、なんとか寝かせ付けようとしているのか、少しでも泣き声のボリュームを小さくしようとしているのか、次第に赤ちゃんの声はかすれ、しゃっくりと嗚咽で心配になるほどだった。

 

ようやく大阪に着くアナウンスが聞こえた時には、今までで一番長い東京─大阪間だったと感じた。

きっと周囲も「やれやれ」と思ったに違いない。今ごろ泣き疲れて眠った子供と大きなバッグを抱えた若い父親が車両を出てゆく背中を、私は少し恨めしく見ていた。

 

その瞬間、車両の先頭で父親がクルっと振り返った。

そして、よく通る大きな声で、「皆様! お疲れのところ、またお寛ぎのところ、お騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした!」と、寝ている娘を抱えたまま頭を深々と下げたのだった。

私は予想外な光景に鳥肌が立った。

 

すると、強面なスーツ姿の男性が「みんな一緒だよ。気にするな」と慰め、次に他の男性が「このあとも頑張れよ」と励ました。そして車両内が拍手で包まれたのだった。

 

私はその中でただ見ているだけしかできなかったが、ホームを歩く親子の後ろ姿が見えなくなるまで心の中で願った。

「この先の道中は、親子が無事に笑顔で目的地に辿り着けますように。」と。

  

もしかしたら、奥さんが下の子の出産で里帰りをしているのかもしれない、祖父母に孫の顔を見せに行く途中だったかもしれない、そして…、わけあって父子での新しい生活がスタートしたばかりだったのかもしれない。

 どれも想像で答えはないが、人はどんなに迷惑をかけ失敗しても、その後の対処や誠意の見せ方で全く出来事の意味が変わるのを目の当たりにした。

 

「小さい子は泣いて当たり前。何が悪いの?」と開き直れば反感もかうが、何とか最善の努力をしているその姿勢に共感と理解を得られれば、怒りさえ許しや励ましに変わると思った。

それは、もう顔も覚えていない若いパパから学んだ教訓だった。

 

あれから母親になった今の私なら、容易に想像がつく。

おむつが濡れてない? 喉は渇いてない? お腹が空いてない? 眠いんじゃない?等々。

おせっかいじゃなければ、代わりに子供を抱いてあげたり、子供の気を逸らすため微笑みかけるか、何らかの声掛けができた気がする。

 

子供も一生懸命何かを伝えるために泣き声を上げているのだ。

親になって初めて知ることの一つだと思う。

 

その父親は、昔の自分のような新米パパやママを見たら「大丈夫。みんなお互い様だよ」ときっと優しく微笑みかけている事だろう。