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スパイダーマンの「糸」にまつわる本気の物理学

スパイダーマンにおいて最も特徴的とも言えるのが、クモの糸を出すという能力だろう。ここで明らかにしておきたいのが、彼の糸はあくまでテクノロジーありきの特殊能力であるということ。

糸の強度はどれくらい必要なのか

さて、ではまず、糸の強度について考察してみたい。実証するためにここでいくつかの手法を紹介しよう。前作の映画にも登場した、落ちてくるクルマをキャッチしたシーンを例として使いたいと思う。どのような張力を使えば糸は切れずに耐えるのだろうか。単純に車の重量を調べればいい? それでは解法を得ることはできない。糸は車を支えるだけでなく、減速させてもいるからだ。

 

さて、この落ちている車の集積が2,000kg程だとして、糸によって止められる1秒前だとしよう。運動量原理を用いて、クルマが下降している際の運動量を計算できる。

 

クルマは停止状態からスタートするため、当初の運動量は0とする。では、クルマを止めるにはどうするのか?

 

いざ糸がクルマにまとわりつくと、2つの力(下向きの重力と、糸による上向きの力)がクルマ本体に加わることになる。もちろん糸はすぐさまクルマを止めることはできないので、糸が伸びるまでの時間も考慮しなくてはならない。すべての素材は多少なりとも伸縮するのだ。ひとまず簡易化して考えたいので、止めるまでの時間を1秒間としておく。ここでの運動量原理は先ほどと近似しているが、今回は2つの力が関係しており、最終的な運動量が0となる事を忘れないでほしい。

結果、糸には最低でも39,200ニュートン程の張力が必要なようだ。

 この値を用いて糸状の素材同士を比較してみたい。素材の強度は、最高引張強度で説明する事ができる。これはその素材が限界まで耐えうる横断面積毎の最大張力で、MPa (メガパスカル)あるいは106ニュートン/立方mで計測される。ワイヤーは太い程強度が上がるため、最大張力を求めるにはワイヤーの横断面積を求める必要がある。

 

まず、大まかな推定をしてみよう。スパイダーマンから放たれた糸を半径1mmの円筒形とする。この糸を実際に存在する同サイズの素材と置き換えた時、(ウィキペディアによれば)その最大張力は以下のようになる。

 

・鉄製ケーブル:6,503ニュートン

・ナイロン製ロープ:235ニュートン

・クモの糸:3,142ニュートン

カーボンナノチューブロープ:1.98×10^5ニュートン

 

この結果を見ている限りでは、クルマを吊せそうなのは、カーボンナノチューブのロープくらいだろうか。鉄製ケーブルでも不可能ではないが、半径2.5mm程と太くなければならないだろう。

 

スパイダーマンはどれほどの糸を持ち運べる?

近年のスパイダーマンでは、これらの糸は腕時計のような何かに収納されている。

 

スパイダーマンが放つことのできる糸の量を調べるには、まず糸の素材を決めなければならない。ひとまずここはカーボンナノチューブとしておこう。ウィキペディアによればナノチューブがケーブル状になった際の比重は、0.55g/立方cmと置き換えれる。

 

では、一度糸を放つたびにどれほどの糸が必要になるのか。彼は主に、飛び回るために糸を使っている。もし私がスパイダーマンなら、およそ5階から10階あたりの高さを狙うだろう。

 

そのためには、おおよそ20mくらいの糸の長さが必要だとする。1mm半径の糸での想定を用いると、非常に細長い円筒形になることが分かる。この円筒形の体積は、以下のようになる。

  

これによって1回あたりの糸の総体積は、6.28×10^-5立方メートル。想像しづらいので、一般的な鉛筆(半径0.25cm)の体積と比較してみよう。先述した糸をこの鉛筆に入れるとなると、約3.2mの鉛筆が必要となる。もうお分かりのように、非常に長い鉛筆が必要となるし、これは彼が放つたった1回分の糸の量にしか過ぎないのだ。

 

では、全体的に必要となる糸を収納するには、どれほどの容器が必要になるのだろうか。片方の手につき50回の糸を出すとしてみよう(私がスパイダーマンなら、最低そのくらいは欲しい)。とすると、糸の体積は大体50倍として計算できる。よって、片手あたりの総体積は0.00314立方メートルになる。

 

これを実際に手首回りに装着するとどうなるか。私自身の手首をもとに考えた場合、円周は16.5cmである。「糸収納器」のデザインにあたって、カートリッジを腕にそって10cm程下げた場所に位置させたい。次にこの容器の厚さを計算する。

 

図にしたほうが分かりやすいかもしれない。

 

 

ここまでで得られた値を用ると、半径9.6cmか、手首から7cm以上ある容器が必要となる。実際に装着すると、こんな感じだ。

         

 そう、正直ちょっと不自然に見える。だが糸がナイロンや鉄製だとすると、この程度のサイズでは済まないだろう。

 

必要な、糸の速度と範囲

この糸が最低でも10階あたり(30m程)には届かなければいけないというのは、先述した通りだ。では、この高さに至らせるにはどの程度の始動スピードが必要となるのか。

 

とりあえず、糸の先端がただの粒子で空気抵抗はごくわずかであると仮定してしまおう。現実的でないのは心得ているが、致し方ない。

 

糸が真上に向けて発射されるのだとすると、そこには重力のみが働くことになる。この一定力は上昇するに従って垂直速度を減速させていく。頂上に到達すると、糸の速度は0m/秒(ぎりぎり上に到達するくらいと想定)になる。これにより導き出される平均的な垂直速度は、以下のようになる。

糸は-gの加速によって減速していくので、この加速定義を用れば、ビルの屋上にたどり着くまでの時間が求められる。

 

ここで平均速度と時間間隔を使い垂直位置の変化を表す。

 

これで糸を発射させるスピードが求められた。運動学方程式を使えばいいのではないかって? それでは面白みがなくなってしまう。高さを30mとした場合の値の変化を使って、糸の発射速度は24.2m/秒(54mph)になる。そんなに悪くなさそうだ。しかし、空気抵抗はどうする?

 

このケースにおける空気抵抗の計算がなかなか面倒なのは認めよう。よって、空気からの力は速度の二乗に比例するという、標準的な空気抵抗モデルを使ってみたい。

上記内にあるpは1.2kg/立方メートル時の空気密度で、Aは糸の横断面積である。問題は物体の形に依存する係数Cの値だ。糸が円筒形であるならば、長い筒は短い筒とは異なる抗力係数を持つ事になる。なのでCの値はひとまず推定しておく。

 

次の問題は、糸は上昇するにつれスピードが落ちるという事だ。遅い糸、イコールより空気抵抗は少なくなる。よって、この上昇中の糸には非一定の加速が見られるのだ。こうしたケースでは動作の解法として、コンピューターを用いて数値モデルを作る手法が唯一実践的であると言えるだろう。

 

さて、このカーボンナノチューブの糸は半径1mmで長さが2mの円筒形と想定する。この糸の質量は0.55g/立方cmの比重から求める事が出来る。

 

 

この構想から見てとれるように糸は30mの高さには到達できてない。が、非常に惜しい所ではある。空気抵抗を無視するのはさほど悪い仮定ではないので糸の発射速度を24m/秒とするのは妥当と言えよう。

 

もしスパイダーマンが、どこか通りの向こうにいる悪者めがけて糸を放ちたい場合はどうなるのか? この糸で水平にどのくらいの距離飛べるのだろう。地上から45°の角度で放たれた水平の放物運動距離の式を提示する。

これに45度の角度を入れると、スパイダーマンには58.8mの範囲が与えられる。特別な状況時には発射スピードを40m/秒に上げれば、163mの範囲まで広げられる。